「生きるべきか、死すべきか。それが問題だ。」
シェークスピアの「ハムレット」に、こんなセリフがあります。
父親である先王の死が、
弟である現在の王に毒殺されたことを
先王の亡霊から聞かされる。
父の毒殺の復讐を誓い、
寄せくる苦難に敢然と立ちむかい、
それと闘って、終止符をうつことか。
それとも、
このままこの事実を心のうちに秘め、
悲惨な運命をじっと耐え忍ぶことか。
決断に迫られる心情の葛藤を
表現したセリフである。
人生の中でこのような選択に迫られる時があるでしょう。
右に行くべきか、それとも、左に行くべきか。
という時が・・・。
その時、あなたはどのような選択をしますか?
◆ 死を選択した人物
2000年前、イエスという人物はこのようにいわれた。
「自分の命を得ようとする者はそれを失い、
失おうとする者はそれを得る」と。
そして、その言葉の如くを実践しました。
世の中を混乱させたという罪で、
イエスは逮捕されます。
人類の救済のために、
ただ愛を実践していただけなのにです。
そして、裁判の場で死刑を宣告され、
十字架上で死に至るのです。
逮捕される場においても、
逃げようとすれば逃げれたのにもかかわらず・・・。
何一つ弁明もせず、死を選択しました。
◆ 両者が迎えた未来は・・・・・
ハムレットは死の道へと向かった・・・・。
死も省みず、復讐の道を選択しました。
その結果、明るい未来が訪れたでしょうか?
答えは「NO」です。
それとは反対の不幸な結末が訪れました。
復讐は復讐しか生みません。
決して、明るい未来を創造することはできません。
一方イエスはどうであろうか?
同じく死の道をいきました。
復讐のためではなく、
愛のために死にました。
自分を殺そうとする者に対して、
恨みを残すのではなく、
かえって彼らに今後訪れる不幸に対して、
天に許しを請いました。
「この者たちは
何をしているのかわからないでいる。
どうかこの者たちを許したまえ」
と・・・・・。
その結果どうなったか。
キリスト教信者の数は2008年現在、
約21億人といわれています。
わずか30余年の生涯を生きた一人の青年の思想が、
2000年間かけて、
21億人もの人の心をつかんでいる
という事実が浮かび上がってきます。
イエスの残した言葉の如く、
命を失ったのですが、
後の世に、「愛の伝統」打ち立て、
21億人の人々の心の中に、
その命を得たのである。
◆ 何のために行動するか?
わたくし事ですが、
27歳の時、前号でお話ししたように、
多額の借金を背負わされました。
当時の私にとっては、
途方もない金額でした。
その恨も相当なモノでした。
その時、大きな選択に迫られました。
私をだました人に対して、
復讐に燃え、地の果てまでも追いかけ、
その借金を何としても返してもらうという道・・・。
そして、もう一つの道は、
そのようなことをすべて忘れて、
21歳の時に描いた夢を実現するためだけに、
自分のすべてをささげる道・・・・。
その2つの道が目の前にまっていました。
私に描いた夢は、
誰もが個性を生かし、解放され、
喜びに満ちた空間を創造することでした。
その決断は簡単に決められるものではありませんでした。
なぜならば、
自分の感情を納めることができないからです。
復讐に燃えたい思いを消せないからです。
しかしながら、
わたしはこのように考えました。
もし、私にこのような困難が訪れて、
その描いた未来がなすことができないとしたら、
わたしは自分自身に負けたことになる、と。
ですから、
この恨を原動力にしようと思ったのです。
こんなに悔しい思いをしたのだから、
どんなことがあっても、
その夢を実現しようと決意したのです。
そして、最終的に後者の道を選択したのです。
2008年06月28日
この記事へのコメント
コメントを書く
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/101709539
この記事へのトラックバック
http://blog.seesaa.jp/tb/101709539
この記事へのトラックバック

