2008年06月28日
「生きるべきか、死すべきか。それが問題だ。」


シェークスピアの「ハムレット」に、こんなセリフがあります。


父親である先王の死が、

弟である現在の王に毒殺されたことを

先王の亡霊から聞かされる。


父の毒殺の復讐を誓い、

寄せくる苦難に敢然と立ちむかい、

それと闘って、終止符をうつことか。


それとも、


このままこの事実を心のうちに秘め、

悲惨な運命をじっと耐え忍ぶことか。


決断に迫られる心情の葛藤を

表現したセリフである。


人生の中でこのような選択に迫られる時があるでしょう。

右に行くべきか、それとも、左に行くべきか。

という時が・・・。

その時、あなたはどのような選択をしますか?
◆ 死を選択した人物

2000年前、イエスという人物はこのようにいわれた。



「自分の命を得ようとする者はそれを失い、

 失おうとする者はそれを得る」と。



そして、その言葉の如くを実践しました。



世の中を混乱させたという罪で、

イエスは逮捕されます。

人類の救済のために、

ただ愛を実践していただけなのにです。



そして、裁判の場で死刑を宣告され、

十字架上で死に至るのです。



逮捕される場においても、

逃げようとすれば逃げれたのにもかかわらず・・・。

何一つ弁明もせず、死を選択しました。



◆ 両者が迎えた未来は・・・・・

ハムレットは死の道へと向かった・・・・。

死も省みず、復讐の道を選択しました。

その結果、明るい未来が訪れたでしょうか?


答えは「NO」です。


それとは反対の不幸な結末が訪れました。


復讐は復讐しか生みません。

決して、明るい未来を創造することはできません。



一方イエスはどうであろうか?



同じく死の道をいきました。

復讐のためではなく、

愛のために死にました。



自分を殺そうとする者に対して、

恨みを残すのではなく、

かえって彼らに今後訪れる不幸に対して、

天に許しを請いました。



「この者たちは

何をしているのかわからないでいる。

どうかこの者たちを許したまえ」

と・・・・・。



その結果どうなったか。



キリスト教信者の数は2008年現在、

約21億人といわれています。

わずか30余年の生涯を生きた一人の青年の思想が、

2000年間かけて、

21億人もの人の心をつかんでいる

という事実が浮かび上がってきます。


イエスの残した言葉の如く、

命を失ったのですが、

後の世に、「愛の伝統」打ち立て、

21億人の人々の心の中に、

その命を得たのである。



◆ 何のために行動するか?

わたくし事ですが、

27歳の時、前号でお話ししたように、

多額の借金を背負わされました。



当時の私にとっては、

途方もない金額でした。

その恨も相当なモノでした。



その時、大きな選択に迫られました。



私をだました人に対して、

復讐に燃え、地の果てまでも追いかけ、

その借金を何としても返してもらうという道・・・。



そして、もう一つの道は、

そのようなことをすべて忘れて、

21歳の時に描いた夢を実現するためだけに、

自分のすべてをささげる道・・・・。



その2つの道が目の前にまっていました。



私に描いた夢は、

誰もが個性を生かし、解放され、

喜びに満ちた空間を創造することでした。



その決断は簡単に決められるものではありませんでした。

なぜならば、

自分の感情を納めることができないからです。

復讐に燃えたい思いを消せないからです。



しかしながら、

わたしはこのように考えました。

もし、私にこのような困難が訪れて、

その描いた未来がなすことができないとしたら、

わたしは自分自身に負けたことになる、と。



ですから、

この恨を原動力にしようと思ったのです。

こんなに悔しい思いをしたのだから、

どんなことがあっても、

その夢を実現しようと決意したのです。



そして、最終的に後者の道を選択したのです。
posted by YOTA at 10:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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